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不意に思い立ってホットケーキを作った。ベーキングパウダーが無かったので重曹を使ったら、むちゃくちゃ苦くなってしまった。三枚分に小さじ2杯は多すぎたか。それとも掃除用の重曹を使ったのがまずかったか。ピーナッツクリームが残っていてよかった。あれが無かったらとても完食できなかったと思う。今度作るときは重曹小さじ一杯弱でやってみよう。

納豆と長ネギのチャーハンを作った。鰹節と醤油とごま油で味付けをした。鰹節と醤油とごま油があれば大抵の素材はおいしくなる気がする。好みの問題かもしれない。昨日からウェイパーという調味料が気になっている。まだ使ったことがないけれど中国料理風の味付けに便利らしい。試してみたい。

久しぶりに玄米を炊いて冷奴とみそ汁で食べた。なんだかすごく胃がもたれる。こんなに消化に悪かったっけ。炊き方に失敗したのか。味がえぐかった。自宅の水道水が不味いので水由来のまずさはしょうがないんだけどそれにしてもという味だ。どうしたものか。冷奴の美味しさが救いだった。

中学のころ、休み時間は机に突っ伏して寝ていた。隣から小声で「ふけがすごい、くすくす」と内緒話が聞こえても知らないふりをした。あの頃はどう工夫してもふけがひどくてそれがコンプレックスだった。醜い自分が嫌だった。だいたいの現実が苦痛だったのでしょっちゅうフィクションにのめりこんでいた。フィクションはフィクションでしかなくてそれがどんなに居心地のいい世界であってもいずれは現実に帰らなくてはならない、それは強く実感していたけれどあのときはフィクションなしではいられなかった。心の避難所があるのはとてもありがたいことだった。あのときの自分の狭い行動圏内で目の前の現実がすべてだったら行き詰ってぶっ壊れていたかもしれない。そういえばふと思い出したけど、あのころ『はてしない物語』を読んで「ひとごとじゃねえな…」と思った。現実に帰れなくなった人たちが白痴化して彷徨っている「元帝王の街」のくだりなんかもう、ゾクゾクするくらい怖かった。フィクションに行ったきり戻らないでいると現実の自分が破滅してしまう。バランスって大事。

電気の契約が10Aで事足りているのは電子レンジと冷蔵庫を使わないからだろう。暖房はそのまま使うとブレーカーが落ちるので、省エネモードに設定して厚着でやり過ごしている。今冷蔵庫を手に入れたいと思っているのだけれど、10Aのまま使ったらブレーカーが落ちそうで心配だ。なんとかならないかな。

篠原篤一さんの歌を聴くと胸がざわざわする。穏やかでうっすら閉塞感があり、それがなぜか心地いい。篠原さんとは3回お会いしたことがあり、なぜか3回とも恋の話題になった。3回目の別れ際、篠原さんは「次会うときにその後の経過を聞かせてよ」と仰った。今度4回目があるのでいろいろと報告しようと思う。